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2007年01月31日

コンビニがつぶれた理由は?

日本中の小売店の万引き被害額を合計すると、いったいいくらになるのか。たとえばドラッグストアだけにしぼったとしても、なんと年間138億円にものぼるという(日本チェーンドラッグストア協会調べ。2005年度)。138億円あれば何ができるか。私なら、まずはwiiと新しい自転車を買い、会社を辞めてひと月ほどハワイでのんびり・・・という話ではない。

学生の頃、住んでいたアパートの近くにコンビニがオープンした。その店は60才ぐらいの夫婦が経営しており、話によると夫のわずかな退職金と新たに借り入れた資金を元手にお店を開いたのだという。店の立地が小学校・中学校・高校の通学路になっていて、早朝・夕方の店内は子どもたちや学生服の集団でごったがえしていた。私も家から歩いて2分ということもあり、それこそ毎日のように通っていたものだ。

オープンから2年ほど経ったある日の夕方、いつものごとく弁当でも買おうとコンビニへ。しかし、時間帯からして中高生でにぎわっているはずなのに人っ子ひとりいない。それもそのはず、店のシャッターが閉まっていたのだ。365日24時間営業が当たり前のコンビニのシャッターが下ろされている光景は不思議な感じさえした。シャッターにはそのコンビニチェーンの本社名義で、店主の事情により休店する旨が書かれていた。だが、その後いつまでたっても再開する様子はなかった。
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当時、私はスーパーマーケットでアルバイトをしていた。ある日、休憩時にふとしたきっかけから店長と万引きの話になった。店長はためいきをつきながら「うちもひと月に50万はやられる」と嘆き、続けた。「□□□町の○○○○しってる? あそこの夫婦なんて万引きに殺されたようなもんだからな」。えっ? ○○○○といえば、とつぜん閉店したあのコンビニのことだ。「殺されたってどういうことですか?」「うん。万引きの被害が相当ひどかったらしくてね。赤字と借金ばかりが増えていく状態だったらしい」「それで?」「・・・ご夫婦で心中したそうだよ」。

いかにも人の好さそうな老夫婦の笑顔が思い浮かんだ。スーパーの店長によると、夫婦は万引きした学生をみつけてもやさしく諭すだけで警察にはぜったい連絡しなかったという。それが悪ガキどもの間で「あの店は万引きがみつかっても許してくれる」というウワサになり、「ターゲット」にされてしまったというわけだ。万引きが人の命を奪う。世の中にはそんな悲しいこともある。
 
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2007年01月30日

百貨店な人々4「トラウマは成長の元」

百貨店に入社して半年。外商員として一連の仕事の流れがようやくわかってきた秋の日。ある建設会社の社長からゴルフコンペの賞品を揃えるよう依頼された。建設会社といっても大手ではない。社長いわく「工務店に毛が生えたようなもの」だという。それでも従業員を60人も抱えているというからたいしたものだ。

さて、オーダーの詳細は・・・「総額で税込み150万円以内。各賞ごとの金額配分と賞品の選択はおまえに任せる」というものだった。ノルマノルマノルマの地獄のエブリデーの中、久々におもしろそうな仕事だ。さっそく百貨店内を一巡して、まずは候補となる商品のリストアップ。優勝から参加賞まであわせると全部で20の賞があり、金額を勘案しながら賞品を選ぶのはことのほか難しかった。
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社長の奥さんの「コンペに参加するのは男性がほとんどだけど、賞品は奥さんへのおみやげになるものが喜ばれる」というアドバイスに従い、とくに下位の賞はもらっても無駄にならない生活必需品や食品を中心に選んだ。優勝賞品はかなり迷ったが、じぶん自身ひと目みて欲しいと思ったイタリア製の一人がけカウチソファに決めた。

総額は税込みで1,501,000円。予算は150万円といわれていたが、まあ、1,000円ぐらいのオーバーなら構わないだろう。さっそく賞品&価格リストを持って社長宅へ伺った。日曜日の午後ということもあり、社長はすでにお酒が入っているようだ。いつもは多くを語らず気むずかしい印象だが、きょうはゴキゲンな様子でひと安心。応接間に通されると、ほどなく奥さんがコーヒーを運んできてくださった。

ちなみにこのコーヒー。非常にありがたいのだが、お客さま宅へ訪問するたびにコーヒーが出るため、一日に10杯以上飲むこともある。外商員の常識として、出されたものはたとえ青汁だろうとなんだろうときっちり飲み干さなければならない。この日もすでに5杯コーヒーをいただいていたが、そのような表情をおくびにも出さず一気に飲み干す。

「社長、ゴルフコンペの賞品リストです」。「よし、見よう。・・・お、このイスいいねえ」。社長は開口一番、優勝賞品であるイタリア製一人がけカウチの資料写真を見ていった。よし、つかみはOK。社長は上位の賞品以外は興味がないようで、リストにざっと目を通すと「ま、いいんじゃないか」とひとこと。ああ、よかった。さっそく店に帰って正式に手配しなければ。おいとましようとひざを上げかけたそのとき、「・・・おい、ちょっと待て」と怒りを含んだ低い声。ドキ・・・やばいな、何か気にくわない賞品があったのかな。やはりブービー賞のセクシー下着詰め合わせはやりすぎたか。

「これなんだ」と、社長が示したのは総費用の数字だった。「俺は150万円以内といったよな」。それは私もわかっていた。だけど、1,000円ぐらいのオーバーはどうってことないだろうと高をくくっていたのだ。「おまえ、1,000円ぐらいと思ってないか」。「いえ、そのようなことは・・・ハイ!1,000円値引きさせていただきます!」。しかし社長の顔はますます赤くなっていき、怒りが沸点に達しそうなのは明らかだ。「あわわ・・・あの、148万円に値引き・・・」といいかけたそのとき、「そういう問題じゃねえ!!」ついに沸騰。「ひえーーー」。

社長いわく、こんな小さな企業だからこそカネに関してシビアにならないといけない。一度役員会で予算を決めた以上、1円たりともオーバーは許されない。1,000円というカネを捻出するのがどれほどたいへんなことかわかるかうんぬん・・・。と、いうようなことをおっしゃってたような気がするが、社長のあまりの剣幕にほとんど記憶がない。

あらかじめ示された金額をオーバーした見積もりを出すなんて、いま思えば非常識極まりない行為だ。だが、当時の私は社会常識の「し」の字も知らない“アマチュア社会人"だったので、このような失敗を数多くしでかした。納品時間に1分遅刻しただけで「出直してこい!」と怒鳴られたこともあるし、入社早々のあいさつまわりの際、名刺の渡し方が悪かったというだけで上司を呼び出されたこともある。

勤めていた百貨店は基本的に「社会人としてのマナーは実地で身につけていく」という方針をとっていた。このため、新入社員はお客さまに罵倒されながら一つひとつ「社会人としてのマナー、常識、ときにインサイドワーク」をカラダに刻みつけていく。お客さまから怒られた経験はいい意味で(?)トラウマとなるため、その後おなじ失敗を繰り返すことは二度となかった。だから今では、当時の若い自分を本気で叱ってくれたお客さまたちに心から感謝している。もしもあのときお客さまが私に対する怒りを我慢していたとしたら、いまだに同じ失敗を繰り返していたに違いない。

翌朝一番、社長は会社に私を呼びつけた。私は内心、ゴルフコンペ賞品の注文キャンセルを覚悟した。すでにその月の目論見予算に入れていたので、月末時点でのマイナス150万円は痛すぎる。でも、明らかにじぶんのミスなのだから仕方がない。「失礼します!」社長室に入ると、社長はイスに腰掛けたまま上目遣いに私を一瞥した。「あのイタリア製のソファ、個人的に欲しいから至急届けてくれ」。予想外の言葉に二の句が継げない。「・・・は、はあ」。あっけに取られている私を無視するように社長はいった。「コンペで優勝して二つ手に入ったら、かみさんにくれてやるよ。ガハハハ」。・・・これにて一件落着・・・なのかよくわからない23才、ある秋の日であった。  
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2007年01月29日

第17回小牧シティマラソン参戦!

小牧市(こまきし)は、名古屋都心部から十数キロに位置するまち。スピードワゴン 井戸田潤さんの出身地。織田信長が築城した小牧山城(現在の天守は1967年築城の通称「小牧城」で、歴史資料館になっている)があったことでも有名。ちなみに市役所は小牧山のふもとにある。

さて、第17回小牧シティマラソンの会場は、「パークアリーナ小牧」というやたら立派なスポーツ施設。メインアリーナおよびサブアリーナ、スポーツジム、サッカーグラウンドなどから構成されている。せっかくすばらしい施設なのに、Webサイトの写真がシャビシャビなのはいただけない。小牧市さん、イングに撮影やらせてください。ご連絡お待ちしてます。

それはさておき、マラソン大会だ。受付はサブアリーナ。たいして待つこともなくナンバーカードおよび参加賞を受け取る。渡された袋にはなにやらオマケがいっぱい入っているようだ(いちばん下に画像あり)。ワクワクする。あとでゆっくり見よう。開会式はメインアリーナで行われた。その後、スタートまでの待ち時間をストレッチや軽めのジョグでまったり過ごす。
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やがてスタート20分前。上着を脱いで臨戦態勢に。スタート地点には、フィニッシュ予想タイムのプラカードを持つスタッフが何人か立っていた。今回の私の目標は、先週の北なごや新春チャレンジマラソンで出した自己ベスト46分56秒を切ること。そこで、思い切って「45分以内」のグループに並んだ。スタート10分前、5分前となるごとに人が増えていき、おしくらまんじゅう状態に。そして、号砲。小牧シティマラソン10kmの部のスタートだ。

今回は実験的に、最初から強気で攻めようと思っていた。最初の1kmは、自分としてはかなりハイペースの4分05秒/kmぐらい。このままいけるところまでがんばってみよう。それにしても、これぐらいのペースで走る人がもっとも多いとみえて、3キロ地点ぐらいまでぜんぜん集団がバラけなかった。中間地点から徐々にペースが落ち始めたものの、なんとか4分30秒/km以内をキープ。しかし8キロ地点あたりで急に苦しくなった。やはりハイペースは10km続かない。おじちゃん、おばちゃんランナーに次々と抜き去られていく。それでもなんとかふんばって残り1キロ地点まで到達。腕のストップウォッチはジャスト40分。お、これは予想外に早い。前半の貯金が効いてる。「45分切りも夢じゃない!」。かなり呼吸が苦しかったが、とりあえずNike+のパワーソングを発動。ボリュームも全開にして苦しさを紛らす。

そしてゴール。はやる気持ちをおさえつつ、汗だくのまま記録証交付の列へと並ぶ。とっくにゴールした人によってすでに長蛇の列ができている。10分ほど並んでようやく順番がきた。さて、記録は・・・44分53秒、自己ベスト更新! ひとつの大きな目標だった45分切りに成功した。よし、次の目標は40分切りだ! ・・・と、そこまでは甘くないだろう。現に今回のレースは相当に苦しく、おそらく自分の限界を超えていた。10キロ40分切りは1年後の目標とする。飽きずにランニングを続けられていればの話だが。

大会講評。
駐車場は会場周辺に多数確保してあり、それほどの渋滞はなかった。誘導スタッフも多く配置され、迷うことはない。会場がパークアリーナ小牧という大規模スポーツ施設なので、待ち時間をゆったり過ごせる。更衣室やロッカー、トイレもいっぱい。コースは多少カーブが多かったが、おおむねフラット。幹線道路は1車線のみランナーに開放。ランニンググッズの出店あり。レース後はアミノバリューと甘酒のみ放題。お楽しみ抽選会あり。参加賞は、オリジナルシューズ袋、Tシャツ、缶ジュース、ノート、パン、ローリーエース、周辺施設の割引券だった。他愛もないものばかりだが、これだけいっぱいもらえるとうれしいものだ。来年もぜひ出場したい。

ゴール地点。
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最終ランナーの方をあたたかくむかえるスタッフ。
いいシーンだ。
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大盛況の甘酒。飲み放題。
ちなみに北なごやでは一人1杯だった。
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オマケいっぱいでトクした気分。
とくに「ほのぼの君」のノートは貴重かも?
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2007年01月24日

Nike+Jog Noteで楽しさUP!

「もっとナイキ+について書いてほしいです」というコメントをいただきました。はい、書きましょう。

Nike+購入以来、走るときは必ずNike+iPodを身につけてランデータを蓄積している。おかげで音楽なしでは走れないカラダになってしまった。ちなみに累積走行距離は4ヶ月弱で500km超。初心者にしては多いのかな、よくわからない。今までのデータを振り返ると感慨深いものがある。もちろんレース本番でも使用している。

そんな、ランニングのモチベーションを高めてくれるNike+であるが、専用サイトは見た目こそかっこいいもののいまひとつ機能的とはいい難い。そこで今、もっぱら利用しているのが「Jog Note(ジョグノート)」というサイト。
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Jog Noteとは名前のとおり、日々のランニングの距離や時間、コメントを残しておける「ランナー専用の日記サイト」だ。その最大のメリットが、iPod経由で「Nike+のデータを取り込める」こと。走行データを自動的にグラフ化してくれ、地点ごとのスピード、ペースがひと目で確認できる。データごとにコメントを残しておけるのも便利。どこを走ったとか足が痛かったとか、毎回ちょっとしたことを書き込んでおく。「Nike+専用サイトにこんな機能があればなあ」と思っていたことがすべてあるのでたいへん重宝している。



↓棒グラフは距離。折れ線はペース/km(分/kmにも設定可能)。
走った日と走らなかった日が一目瞭然。ちなみにNike+専用サイトの場合、
「走らなかった日」が表示されず、不便。
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↓月ごとの目標距離を設定しておくと表示されるグラフ。
残り日数に対する目標達成までの距離が感覚的に認識できる。
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↓詳細な走行データ表。
Nike+のデータを取り込むだけで自動的に作成してくれる。
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↓各走行データもご覧のとおり。
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↓「ジョグマップ」機能では「Google Map」と連動。
お気に入りのランニングコースを登録できる。
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Jog Noteはもともと「SNS」なので、他メンバーとコミュニケーションがとれるようになっている。ランニング仲間をつくりたい人ならうれしい機能だと思う。しかし私はそういうコミュニケーションが面倒くさいため、もっぱらランニングデータ管理用として活用している。Nike+を使っている人で専用サイトに飽きてきたら、いちどJog Noteを試してみては?

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2007年01月23日

テーブルを減らすか増やすか。

かれこれ3年ほど前、あるイタリアンレストランの会議にオブザーバーとして出席した。議題はズバリ「売り上げアップのための方策」。その会議で役員以下スタッフの口から幾度となく出た言葉は「お客さまの満足」「お客さまの喜び」「お客さまの利益」・・・であった。当時の私は、「売り上げがジリ貧の非常時にお客さまの喜びもないだろう」と、半ばあきれながらスタッフたちの“理想論"に耳を傾けていたものだ。2時間ほどの会議でいくつかの方策が提案され、決定した。中でも「店のテーブル数を減らす」という案に私は混乱した。席数を増やすというのならわかる。しかし、席数を減らせばそのぶん売り上げも減ると考えるのが道理である。

釈然としないまま会議から1ヶ月が過ぎた。案の定、その店の売り上げが向上することはなかった。だが、さらに1ヶ月、2ヶ月と経つうち、みるみる売り上げがアップし始めたのである。特筆すべきなのは、客単価が1.5倍以上に跳ね上がったこと。以前のようにテーブルの間隔が狭かったときは、客は無意識のうちに窮屈さを感じ、心からくつろぐことができなかったのだ。この「無意識のうちに」、が怖い。客側も何が気に入らないのかわからないまま、再びその店を訪れることはなくなる。あの会議以降、テーブル間隔が広がったことで、客は「無意識のうちに」くつろぐことができるようになった。必然的に食がすすみ、オーダー数(とくにアルコール)も増えるに至ったというわけだ。今ではつねに待ち時間がでるほどの人気店に成長した。もちろんテーブル間隔はゆったりしたままだ。

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3年前、もしもあの会議の場で私がオーナーだったら、まったく逆の発想をしていたに違いない。「もっとテーブルを増やして客を詰め込め!」と。そこに「お客さま」という意識は一切ない。自社の利益!利益!利益!しか見えなくなってしまっている状態だ。ゴールはまったく同じ「売り上げアップ」なのに、方やテーブルを減らし、方やテーブルを増やす。「お客さま」目線でものを見られるか見られないか。たったそれだけの違いで企業の運命もかわる。

「顧客満足の追求」を「客のいいなりになること」だと誤解している人がまだいる。「お客さまのために・・・」なんていいだすと、「何を泥臭いことを」「そんな甘いことでは利益にならん」という反応が少なからず返ってくる。客のいいなりになることは「受け身」の姿勢に他ならない。本当の顧客満足は「お客さまをよりよい方向へ導くこと」だ。つまり、お客さまの先へ先へと回り込み、積極的に「提案」していくことである。まあ、イングに、いや自分にそれができているかと問われれば「?」なのだが・・・。それほど「顧客満足」を得るのは難しく、たいへんな努力が必要であるということか。

あなたは自社の売り上げアップのためにテーブルを減らしますか? それとも増やしますか?
※写真はイメージです。  
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2007年01月22日

北なごや新春チャレンジマラソン!

第23回 北なごや新春チャレンジマラソンに参加してきた。先々週の春日井マラソンを右ひざ痛により棄権したため、これが2007年の初レースとなる。当日は薄曇り。気温も真冬にしてはそれほど低すぎず、絶好のランニング日和だ。
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会場に到着した頃にはすでに人がいっぱい。さっそく受付でナンバーカード(ゼッケン)と参加賞を受け取り、グラウンドへ。すると、「オールスポーツ」のカメラマン発見! 写真買うから撮影してね。
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ゲストランナーとして中日ドラゴンズの渡邉博幸選手が来るという。しかし私はプロ野球に疎いため、どれほどの選手かよくわからない。谷沢、鈴木孝政、新しいところでは山本昌なら知っているが、渡邉という選手の顔と名前が一致しない。でも舞台に上がった渡邉選手は確かにテレビで見たことのある顔だった。「あ、この人しってる!」と思わずミーハー心が爆発し、写真撮りまくり。ジャンパーの上からでも筋肉質であることがわかる引き締まったカラダは、さすがプロアスリートという感じ。
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開会式では来賓の名前を間違えまくったり、市長のあいさつ中に「クルマを移動してくださ〜い!」という音声がかぶったりするプチアクシデント多発。それがいかにも「手づくりの大会」らしくて逆に好感を持てた。それでも、司会者いわく約6千人が集まったそうで、そこそこ大きな規模の大会であることがわかった。私が出場する10kmの部は10時10分スタート。タイムロスを少なくするため、できるだけ前の方へポジションを取る(あまり前すぎても速い選手に迷惑になってしまうのでそこそこに)。スタッフによる「5、4、3、2、1、スタート!」という元気なカウントダウンでレースの幕が切って落とされた。

11月の名古屋シティマラソンの記録が51分42秒だったため、今回は50分切りが目標。1kmあたり5分を切るぐらいのペース(5分×10km=50分)で走れば達成できる。しかし、はじめの1kmに5分24秒もかかってしまった。いきなり24秒の“借金"だ。少しペースを上げる。その後は順調な走りができ、徐々に借金返済。中間地点(5km)で腕のストップウォッチは24分50秒を指していた。つまりこのまま失速しなければ、「50分切り」という目標がギリギリながら達成できるペースだ。よく挽回した。ラストの100mはお約束の「決死の猛ダッシュ」発動。タイムは、祝・自己ベストの46分56秒! 終わってみれば、生涯初レースだった名古屋シティマラソンの記録を約4分も縮めることができた。名古屋シティから2ヶ月、着実に走力が身についていることを実感。走った距離はウソをつかない。
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さて、大会講評。会場が最寄りの鉄道駅から約2キロと、公共交通機関派にはやや不便か。駐車場がしっかり用意されていたのでクルマでの参加は問題なし(最遠方の臨時駐車場からも徒歩7〜8分ぐらい)。コースは起伏がなく超フラット。とても走りやすかった。距離表示が1kmごとに設置してあるのもポイント高し。給水は水とスポーツドリンクが選べてGood(取らなかったけど)。会場ではドリンク飲み放題。ランニンググッズなどの出店はなし。参加賞はTシャツのみ。もう少しオマケがあってもよかったかな。ゴール後の豚汁またはおしるこサービスあり。記録証はゴール後に即発行。マラソン大会ではお約束の「お楽しみ抽選会」もあるにはあったが、賞品が渡邉選手のサイン色紙だけだったのがちょっと残念。

さあ、来週は「第17回小牧シティマラソン(10km)」。北なごやでの成績を1秒でも縮められればいいな。

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2007年01月18日

百貨店な人々3「閉店後、そこは戦場」

閉店後の百貨店は戦場だ。お店のクローズと同時に、作業服に身を包んだ何十人ものゴツい男たちが大挙して押し寄せる。行き先は催事フロア。よく地方の物産展とかやっている階のことだ。そう。大きな催事の最終日はつまり、新たな催事の前日ということになる(※)。午後7時に閉店したとして、翌日の開店時間である午前10時まで15時間。このわずかな時間内でイベント会場をバラし、新たな催事セットを組まなければならないのだ。物産展のうち「京都展」と「北海道展」はもっとも集客力のあるイベントで、必然的に催事セットも大規模かつ凝ったものになる。このためアルバイトも含めて、通常催事の倍以上の人員が投入された。外商部からも応援要員がかり出されるわけであるが、それはもっぱら新人の仕事だった。
※当時すでに週一の「定休日」が廃止されていたため、改装や売り場の模様替えなどはすべて閉店後に行われていた。

応援の夜は当然のことながら徹夜だ。現代風にいえばオール。外商活動で歩き回り身も心も疲れ切った状態ではあったが、私はこの売り場応援が嫌いではなかった。何よりもそこには、外商部で感じるようなノルマによる「重圧」がない。物を運んだり商品を並べたりする単純なお手伝いだが、すごくやりがいがあった。もともと百貨店を志望したのもこうした「売り場づくり(企画も含めて)」を手がけたかったということもある。真夜中に食べたカップラーメンのおいしさと、窓から眺めた朝焼けの美しさは忘れられない。

やがて開店10分前。まるで爆弾投下後の街みたいな惨状を呈していたフロアは、見事に新しい世界を形づくっていた。いつのまにか設営業者のゴツい男たちも姿を消し、各ブースには女子社員や現地からやってきた職人さん・板前さんが整然と配置についている。いつもの百貨店の、いつもの風景だ。私は心の中で達成感をかみしめつつ、オープンを待たずに店を出た。

さて、「京都展」と「北海道展」が2大催事という話をしたが、とくに「京都展」は別格だった。百貨店側も「京都展様にお越しいただく」というスタンスで職人さんや板前さんに接していたように思う。「京都展」とは一つの“企業"、“チーム"のようなものであり、ほとんど同じメンバーが旅芸人一座よろしく全国の百貨店を渡り歩くのだ。だから私が勤めていたような田舎立地の百貨店に対しては(都市型の店と比べて売り上げ規模が小さいため)、ついつい先方の態度もデカくなる。百貨店としてもドル箱の「京都展」にそっぽを向かれたら困るので、店長以下、「京都展」のスタッフに対して必要以上に気を使う有様だった。

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実際に、ある有名老舗料亭の若女将が「○○円以上の売り上げが見込めないなら参加を取りやめる」と“脅し"をかけてきたらしい。その料亭が出す総菜や弁当は毎回一番人気を誇っていた。京都展のいわゆる「エース」であるため、なんとしても出店していただく必要がある。そのときは、「じゃあ他を削ってあなたの店の売り場スペース拡大するから来て、お願い若女将!」という内販部長の懇願により事なきを得たようだ。もっとも、料亭の若女将には不参加する気持ちなどはじめからない。少しでも好条件を引き出すためのブラフに過ぎないのだ。百貨店もそんなことは百も承知なのだが、若女将のハッタリにつき合わなければならない(売り上げ規模が小さいゆえの)弱さがあった。

今でも地方物産展は、各百貨店にとって集客が見込める重要なイベントだ。毎週のように「○○物産展」のチラシが入ってくるのがその証拠。もしも催事会場で百貨店の社員が職人さんにペコペコ頭を下げているシーンを見かけたら、その店は売り上げが少ないのかも!?  
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2007年01月17日

フルマラソンデビューは4月!

ランニングを始めて4ヶ月ほど。ほんの500m走るだけで胃の内容物がリバースしそうになった頃と比べ、我ながらかなり進歩しているのではないかと思う。当初は自分でもハーフマラソンレースを完走できるようになるなんて夢にも考えていなかった。しかしその道のりは平坦ではなく、ケガ・ケガ・ケガの繰り返し。短期間のうちに足底、足首、ひざ、腰、ふくらはぎ、アキレス腱とひと通り傷め、スポーツドクターの診察も仰いだ。今でも右ひざ痛がやっと癒えたばかりだ。

故障して走れないでいる間は、ランニングに対する「飢餓感」が極限まで高まる。だから故障明けのランニングでは、「やっと走れる!」という喜びに包まれながら存分に走りを楽しめるのだ。楽しいから毎日走って無理をして、再びどこか故障する。走れないで悶々と日々を過ごすうちにまたまた飢餓感が高まり、多少の痛みはガマンして走り出す。走りに飢えていただけに楽しく、ついつい無茶をする。そしてどこか故障する・・・悪循環。これまでのランニング日記を見てみると、10日ぐらい走っては故障して1週間休み、また10日走っては故障して1週間ほど休むというサイクルを繰り返していた。故障の原因が体重過多と筋力不足なのは分かっている。走れるときはここぞとばかりに、ほぼ毎日、休みなく走ってしまうことも大きな原因だろう。これからは適度に休息日を設けて「走りたい!」欲求をコントロールしなければ。

さて、ランニングを続けていく以上、フルマラソンを走ってみたくなるのが人情というものだ。フルとはまったく別物とはいえ、ハーフマラソンを2時間以内で完走できたことで、多少なりとも42.195kmへの道が開けたように思う。今のところ、フルマラソンデビュー候補を2大会にしぼった。「第9回長野オリンピック記念長野マラソン」と「第2回掛川・新茶マラソン」だ。両大会とも4月15日に開催される。第一候補は、世界のトップランナーも出場する長野マラソン(NHKで全国放送)。しかし一次募集はすでに締め切られているため、二次募集(追加1000名)で出場権をゲット(先着順)する必要がある。ちなみに前回の二次募集の際はわずか20分で定員に達してしまったそうだ。長野の出場権を得られなかったときは「掛川・新茶マラソン」に参戦予定。いずれにしてもゼッケンの受け取り(受付)が前日のみなので宿泊を余儀なくされる。交通費とあわせればけっこうな出費。ただ「走るだけ」なのに、けっこうカネがかかるなぁ。

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2007年01月16日

百貨店な人々2「お肉地獄」

地獄の研修合宿が終わり、いよいよ初出勤の日を迎えた。配属先は「外商部」だ。百貨店の販売部門には大きく分けて「内販」と「外販」がある。内販はいわゆる売り場での販売のことで、外販は外で売る、つまり顧客の玄関先まで足を運んで商品を販売すること。この外販を担っていたのが外商部に属する「外商部員」だ。一般的に、大都市のターミナル駅前立地の百貨店では「内販」の比重が大きく、地方都市立地型のいわゆる“田舎の百貨店"では「外販」が占める割合が大きくなる。私が配属された店は後者のタイプだった。外商部員には一人ひとりにテリトリーが与えられる。そこにはピンキリではあるが数千件の「外商会員様」宅が存在し、売り上げノルマも半期で1千万円前後から多い外商部員では3千万円ほどが課せられていた。

さて、出勤初日に戻ろう。その日はじめて外商部の事務所に足を踏み入れたのである。当然、右も左も分からない状態だ。昨日から考えていた自己紹介のセリフを心の中で繰り返しながら、ドキドキしつつ紹介されるのを待っていた。しかし、直属の上司となる課長から出た言葉は、「電話でお肉売って」というひとことだった。課長はステーキ肉の写真がデカデカと掲載されているチラシ1枚と分厚い顧客名簿を私に押しつけ、スタスタと自分の席へ戻っていった。肉の価格はなんと20,000円だ。「あの、スミマセン・・・売るって・・・」。とまどう私に課長はいった。「名簿のお客様宅に電話して、お肉の注文を取るんです」。「はあ・・・」。

途方に暮れている私を見かねたのか、年代の近い先輩社員が声をかけてくれた。「その名簿は君がこれから担当するテリトリーのお客さまだから、新しく担当になったごあいさつというつもりで電話をかけてみるといいよ」。なるほど。いきなり「お肉いりませんか?」といっても怪しすぎる。しかし、声が地獄の合宿でつぶれているうえ、シロウト丸出しのたどたどしい受け答えでお客さまに不快な思いを抱かせないだろうか。ましてや百貨店のイメージを傷つけやしまいか。私はその疑問を率直に先輩にぶつけてみた。すると、「言葉に詰まっても、たどたどしくてもまったく構わないよ。丁寧でありさえすればいいから。心をこめれば不愉快に思われるお客さまは絶対にいない。約束する」。そういうものなのか。

他の課では、すでに仲間の新入社員が電話販売を始めていた。私もユウウツながら名簿の一人目にアタック。「・・・あ、あ、あの、私□□というものでして、このたびはあの、あの・・・肉、お肉・・・」「・・・ご用件は?」「はい、新入社員のお肉があの・・・」「・・・ガチャリ」。電話は一方的に切られた。先輩は笑いながらいった。「まずは○○百貨店ですっていわなきゃ。百貨店名の力は絶大だから、それだけで信用が得られて最後まで話を聞いてくれるよ」。その後もひたすら電話をかけまくり、午後に入ってからはいくぶんお客さまとの会話もなめらかになってきた。やがて終業時間。1日にかけた本数はじつに約300件(留守宅含めるとその倍以上)。最後の方はしゃべりすぎて舌がもつれ、ろれつが回らなくなってしまうほどの過酷さだった。ボタンを押す指先も固くなっている。さて、肉が何個売れたか。・・・たったの1個だ。それでもうれしかった。物を売る難しさと喜びを思い知った勤務一日目だった。

のちのち課長から聞いたのだが、電話でお客さまと話すことは「もっとも安上がり」で、「もっとも短期間」で、「もっとも効果が期待できる」新入社員教育として、多くの企業が取り入れているOJT(On The Job Training)の一つなんだそうだ。「電話実地訓練」を3日(約1000人と会話する)ほど経験すれば、どのような人間でもイッパシの社会人に生まれ変わるのだとか。

電話といえば、外商事務所には電話がひっきりなしにかかってくるのだが、ベルの音が2回鳴ることはほとんどなかった。なぜならみんな競うように、ベルが鳴った瞬間に受話器を取り上げるからだ。その速さはまるで百人一首大会を見ているようだった。電話回線の仕組み上、事務所の電話のベルが1回鳴るということは、お客さまにとってすでに呼び鈴が2回鳴っている状態なのだという。だから何らかの理由でやむをえずベルが2回以上鳴ってから電話に出る場合(お客さまにとっては3回鳴っている)には、必ず「大変お待たせいたしました」という枕詞が入る。

表面上は華やかなデパートだが、高品質なサービスを維持するのは大変だ。しかし百貨店ではこの「サービスクオリティ」こそが、お客さまの求める最大の要素なのだ。もしもコンビニ並みの接客レベルなら、誰一人として“定価販売"の百貨店で買い物などしないだろう。それにしても、人生のうちであれほど「肉」という単語を使った日はない。もちろん今後もあるまい。食べたわけでもないのに、しばらくは肉を見るのもイヤになったほどだ。  
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2007年01月15日

百貨店な人々1「地獄の軍事訓練」

広告業に携わる前、大阪に本社を置く百貨店に勤めていたことがある。もう10年以上も昔の話だ。勤務していた支店はすでに撤退しており存在しないため、このブログでネタにしたところで誰にも迷惑はかかるまい。そこで、今日から新たに「百貨店な人々」というカテゴリーを新設し、シリーズで百貨店業界のウラオモテを記してきたい。第一回目は「地獄の軍事訓練」。

私が入社した年は、ピークを過ぎたとはいえまだまだバブリーな時代。新卒採用は大卒だけでも500名を超えていた。この500名がそれぞれ全国の支店に配属され、デパートマンとして華やかな日々を送るのだ!・・・と妄想していられたのは、このときまでだった。

実際の職場に配属される前、2週間ほど神戸のとある施設にて研修合宿が行われた。しかし「研修」とは名ばかりで、その実態は新入社員たちが持っている「学生気分」を完膚無きまでに叩きのめす儀式に他ならなかった。合宿初日、期待に胸をふくらませて研修会場となる会館の門をくぐった。満面の笑みで出迎える本社の人事課長から手渡されたのは、中学生のとき体育で着ていたようなダサい緑色のジャージ上下だった。総勢500名にジャージが行き渡るのを見届けると、人事課長は微笑みを絶やすことなくいった。「今日はこれから夕食をとっていただきま〜す。その後はとくに予定はありませんので自由に過ごしてくださいね。明日は朝7時から研修が始まります。遅れないようにホールへ集合してくださいね〜」。さすがデパートマン。笑顔がまぶしいぐらい爽やかである。これは楽しい研修合宿になりそうだ。ジャージがダサいのぐらいガマンしよう。

翌朝、モソモソと緑ジャージに着替え、眠い目をこすりながら集合場所のホールへ。ん!?・・・何か空気が違う・・・。そこで待っていたのは、竹刀を片手に能面のような表情で仁王立ちする人事課長の姿だった。昨日までの、いかにもサービス業というにこやかな表情はかき消え、三々五々ホールに入ってくる新入社員たちをサメのように冷たい視線でにらみつけている。みんな異変を察しながらも、自分のネームプレートが置かれた席につく。集合時刻の7時まであと5分。まだ4分の1ほど席が空いている。サメ課長は腕時計で時間を確かめると、ノソノソとホールに入ってきた新入社員にいきなり罵声を浴びせた。「おいお前っ、7時に集合と言っただろう。遅刻だ!舞台に上がっとれ!」。私は時計を確認したが、まだ7時にはなっていない。明らかにサメ課長の勘違いだ。しかしその後も続々と入ってくる新入社員たちに「遅刻」を宣告し続け、最終的には舞台に30名ほどが立たされることとなった。

中には勇者がいるもので、ホールの壁に掛けられている時計を指さしながら反論する。「まだ7時になっていません!」。しかしサメ課長はまったく動ずる気配を見せず、地の底からわき上がるような低い声でこういった。「・・・7時に始まるといわれたら、5分前には席に着いていなければならない」。ちなみにこの「5分前集合」は実際の業務の上でも徹底された。「遅刻」は組織を腐らせる最大級の「悪」とされており、配属先の上司からも真顔で「遅刻するぐらいなら休め」といわれたぐらいだ。舞台上の約30名はその後、昼食までの約5時間をシカトされ続けた。

さて、研修の内容といえば、百貨店や流通に関する実質的な「講義」はほんのわずかで、日程のほとんどがひたすら「声を出す」ことに費やされた。たとえば「歌唱指導」と呼ばれるカリキュラムでは、サメ課長が無作為に新入社員一人の名前を指名し、好きな歌を大声で歌わせるのだ。最初のうちはみんな恥ずかしがっていたが、3日目ぐらいにもなると感覚が麻痺してどうでもよくなっていた。察しはついていると思うが、歌唱「指導」の中身は「もっと大きな声で!」または「腹から出さんかい!」の2点のみだった。

少なかったとはいえ、ひとコマ2時間にもおよぶ「講義」もツライ時間だった。大学教授なども講師陣に含まれていたようだが、内容なんてまったくアタマに入らない。ただひたすら睡魔と格闘するだけだ。腕を思い切りつねる者、モモに爪を食い込ませる者、シャープペンの芯を皮膚に突き刺す者など、戦い方はバラエティに富んでいた。私は手軽に行えるシャープの芯派だった。睡魔に負けて首をカックンさせようものなら、鬼教官が飛んできて間隔1cmの至近距離で罵声を浴びせられる。

合宿中はとにかく「時間」に拘束されていた。とくに入浴の時間は脱衣を含めてわずか10分という過酷な短さ。のんびり湯船につかってなどいられるはずもない。みんな慌てて風呂場を駆け回るため、転倒して尻や後頭部を強打する者が続出する始末。デパートマンのたしなみとして洗髪が義務づけられていたのだが、シャンプーを洗い流す前にタイムアップとなり、頭がアワアワのままで過ごすことを余儀なくされたのは私だけではない。朝の洗顔も制限時間が5分(教官がストップウォッチで計っていた)。ここでもみんな急いでヒゲを剃る(もちろんヒゲそりも必須)ものだから、失敗して顔を血だらけにしている者が多かった。まさに修羅場、戦場、地獄・・・。学生時代ののほほ〜んとした生活が夢のようだ。自由なひとときは消灯後のベッドの上だけ。ひと部屋に8人ずつ収容された。合宿後はそれぞれ異なる店へ配属される可能性が高いので2週間だけのルームメイトだ。真っ暗な中、将来の夢や仕事への期待を語り合ったのが唯一楽しかった思い出かもしれない。

そんな軍隊式の研修だから、500名の新入社員の中にはついていけない者もいる。実際に5名が研修半ばで合宿所を逃亡した。その後の彼らがどうなったか知る人はいない。合宿最終日には全員の声がつぶれており、空気だけがのどを通るようなスカスカな声で「大声」を張り上げ続けていた。やがて全行程が終了。マイクロバスに分乗し、悪夢の舞台となった会館をあとにした。神戸駅で帰りの新幹線チケットを購入する際ついに声が出なくなり、みどりの窓口の人と「筆談」したのを憶えている。

あの合宿から十数年。500名の「新入社員」たちは今ごろどうしているかな。デパートマンを続けている者や、私のようにまったく異なる業界へ転身した者も多いかもしれない。共通するのは、あの地獄の2週間をともに耐え抜いたということだけ。「戦友」とはこういうものをいうのだろう。・・・いや、違うなやっぱし。


 
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2007年01月12日

家計を助ける夢の方法。

人々が日常的に行っている「クルマでの移動」を延べ回数にすると、全国で1日いったい何回ぐらいになるのだろう。その「1回」の中には1000kmを超えるような長距離もあれば、わずか100mの移動も含まれているかもしれない。何百万回か、いや、何千万回か。一説によれば、「クルマで移動」のほとんどが「5分以内で行ける範囲」の移動なのだそうだ。距離にすればほんの2〜4kmといったところか。これは自転車なら余裕で移動可能な範囲だ。徒歩圏内といっても過言じゃない。こうした「クルマ(ガソリン)の無駄遣い」が毎日毎日繰り返されている。

自転車に乗る前の私は、「出かける=クルマに乗る」ことだった。ちょっとした買い物でも、ほぼ条件反射のようにクルマに乗っていた。今から考えると、なんとももったいないことをしていたように思う。ちなみに自転車での年間走行距離がこのたび4000kmを超えた。もしもクルマでこの距離を移動していた場合、ガソリン代が67,500円(リッター当たり8km・135円として)かかっていたことになる。仮に「5分以内のクルマの移動」を半数の人が自転車に切り替えれば、CO2削減目標なんてあっというまに達成してしまうだろう。

逆に今、クルマ依存生活を送っている人で「自転車に乗ってみようかな」と思っている人はチャンスだ。これまで無意識のうちにクルマを使っていた買い物などの用事にぜひ自転車を使ってみてほしい。きっと「なんだ、自転車でじゅうぶんじゃん」と思えるはずだから。ガソリン代は浮く、脂肪は燃やされ健康になる、余分な買い物はしなくなる(バッグの容量分しか運べないから)。一石三鳥だ。できればクロスバイク、マウンテンバイク、ロードバイクなどのスポーツ自転車を選ぶべき。というか、ママチャリとスポーツ自転車はまったく別の乗り物と考えた方がいいかもしれない。

ママチャリ、つまり軽快車にはピンからキリまであるので一概にはいえないが、ホームセンターなどで売っている1万円前後の商品は避けた方が無難。まず信じられないくらい重い。おおむね20kg以上あるため疲れやすく、行動範囲も狭くなる。さらには直立に近いその乗車姿勢により、体重がお尻一点に集中。これまた疲れやすくて腰を傷める。スポーツ自転車を敬遠する人はよく、「あんな前傾姿勢、腰が悪くなりそう」というが、これはまったく逆だ。スポーツ自転車は体重が「ハンドル(手・腕)」「サドル(お尻)」「ペダル(脚・足)」の3点に分散されるので非常に身体にやさしい。腰痛持ちの体力づくりとしてスポーツ自転車をすすめる医師がいるぐらいだ。(ただしスポーツ自転車は、漕ぐパワーのロスをなくすためにサドルが小さくて硬めに作ってあります。慣れないうちはお尻の痛みに耐えなければなりません)

スポーツ自転車として最低限の品質をキープした商品なら4万円前後からある。激安ママチャリが7千円で買えることを思えば高い気もするが、すぐに元が取れるからご安心を。ただし自転車を始めるなら春がいい。この季節は寒い(といっても走り出せばすぐに温まるが)ので、「自転車は寒くてツラい」という印象だけが残って乗らなくなってしまうからだ。春のうちにスポーツ自転車の楽しさを知ってしまえば、酷暑でも極寒でも気にならない・・・・たぶん。


寒い日の自転車走行に欠かせない耳当て。ジャスコで購入。
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2007年01月10日

おしゃべりな人が無口になる瞬間。

2〜3年ほど前から、対談の取材やインタビューの際にICレコーダーを使っている。今どきのICレコーダーは、カセットのテレコとは比べ物にならないほど音質がよい。後々聞き取れず苦労することも少なくなった。しかしいまだに、どうしてもICレコーダーを100%信用することができないでいる。なぜなら、可動部分がないのでホントに録音しているのか疑わしいし、ちょっとした静電気か何かでデータが一瞬にして消えてしまうのではないかと不安になるからだ。カセットなら録音中にテープがゆっくり回転している、つまり録音している状態をこの目で逐一確認できる。「ああ、コイツしっかり録音してるな」と安心できるのだ。ICレコーダーはそうはいかない。録音中を示すランプは点灯するものの、今ひとつ不安なのだ。だから取材の際は今でもICレコーダーの隣に古くさいカセット式のテレコを並べ、ダブルで録音するようにしている。とはいえ、これまでICレコーダーに録音されていなかったことやデータが消えてしまったことなど一度もないけど。
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インタビューの現場では、それまで気さくに世間話をしていた取材対象者が、ICレコーダーのスイッチを押した途端に押し黙り、別人と化してしまうことがままある。「インタビューを受ける」という緊張ゆえだ。取材に慣れた方なら気を使う必要はないが、私はできるかぎり「インタビュー」とか「取材」という言葉は使わないようにしている。あくまでも「打ち合わせ」「ミーティング」という単語で置き換える。打ち合わせ、ミーティングぐらいなら誰でも日常的に経験はあるだろう。その場の雰囲気づくりも大切だ。「では、取材始めます」的な「空気の切り替え」は避ける。切り替えた途端、無口になる方が多いからだ。自然な流れで「気づいたらインタビューが終了していた」なんてのが理想だ。

ICレコーダーの置き方、スイッチの入れ方にも気を使う。さりげなく机に置き、さりげなくスイッチを押す。場合によっては部屋に入る前から録音ボタンを押しておくこともある。雑誌などで対談記事をよく目にすると思うが、4人以上の対談を取材する場合はICレコーダーの他にビデオカメラを回す。音声(ICレコーダー)のみだと誰が何を話しているのか分からなくなってしまうからだ。これがまたやっかいで、映像も録られるとなると、人は緊張の度合いが倍加するらしい。

あるメーカーの会社案内に、若手社員の座談会を掲載することになった。取材当日。会議室に入ると5名の男女社員の方々が楽しそうに歓談している。さっそくビデオカメラを三脚にセットしていると、「映像も録るんですか?」と驚いた様子で訊ねてくる。「はい。でも、メモ代わりですからまったく意識しなくて結構です」と念を押す。しかしいざ座談会が始まると、みんな絶対にカメラの方向へ顔を向けない。ビデオを意識しすぎている証拠だ。さっきまでのわきあいあいとした雰囲気も消え、みんな無口に。どんより重い空気が部屋全体を包み込む。これはまずい・・・。そこでいつもの作戦決行だ。「あ、ビデオのテープ入れるの忘れてた!」。すると一瞬、場がなごみ、よどんでいた空気がいくぶん流れを取り戻す。よし、つかみはOK、作戦続行。「・・・しかもテープ持ってくるの忘れてしまいました!」。ひとつ間違えば信用をなくす危険な行為だが、場の緊張をとくにはこれしかない。ビデオが回っていないと分かった瞬間、一気に緊張が解けたのかみんなしゃべるしゃべる。いうまでもないがテープを忘れたなんていうのは嘘で、ビデオはしっかり収録し続けている。  
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2007年01月09日

猛吹雪の春日井マラソン。

雪が降りそうだと聞いてはいたが、まさかここまでドカ雪になろうとは考えもしなかった。「第25回 新春春日井マラソン」会場にも、早朝から降りしきる雪が積もり始めている。それよりも、会場には人っ子ひとりいないではないか。みんなこの悪天候に嫌気がさして不参加を決めたのか。
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と、思ったらいました。体育館の中に。それも6千人。通路にも人があふれ、一人分の荷物を置く場所すら見あたらない状態。それでもなんとかトイレの入り口付近に雑誌の表紙大の陣地を確保し、受付で受け取ったゼッケンをシャツに付ける。
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さて、ひざの痛みは?・・・いくぶんひいたような気がする。いや、痛くない。奇跡的に治ったのだ! いける。走れる。

開会式が終わり、レース30分前。その時点ではもう走ることしか考えていなかった。スタートまで10分を切った。独特の高揚感がカラダ全体を包む。自己ベスト更新だ!

そのときふと、脚全体をテーピングでぐるぐる巻きにしたおじさんが目に入った。「そこまでして走らなくても・・・」と思った瞬間、とつぜん冷静な自分が戻ってきた。朝から今まで気づかなかったが、私は右足を引きずって歩いていたのだ。

スタート1分前、選手の行列から離脱。出走中止。そのとたん、右ひざに昨日までの強い痛みがよみがえってきた。今から思うに、走らないうちから「ランナーズ・ハイ」のような状態に陥っており、脳内にはアドレナリンが噴出していたのだろう。興奮状態のまま判断力を見失っていたように思う。もしも平静さを取り戻すことなく強行出場していれば、1月、2月に参加予定の全レースを棒に振っていたに違いない。いや、もっと最悪なことになっていた可能性もある。冷静に考えれば、ゆっくり歩くだけでもズキズキと痛む状態でレースなど走れるわけがないのだ。いま振り返ると恐ろしくさえ感じる。テーピングぐるぐるおじさんに感謝だ。

不参加と決まればもう未練も何もない。道路が凍結しないうちにとっとと帰ることにしよう。それにしてもものすごい雪。まさに猛吹雪だ。出場を取りやめてよかった。・・・と自分に言い聞かせる。
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次回のレースは「第23回 北なごや新春チャレンジマラソン」。2週間あるので、それまでになんとか右ひざを治して2007年初レースとしたい。

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2007年01月05日

新年早々、大きな悩みが!?

正月の三が日は「欲望のままに飲み食いする」ことに決めている。それも朝・昼・夜・深夜を問わず、少しでも食べたり飲みたくなったら微塵も躊躇することなく食う、飲む。普段はセーブしているケーキやアイスやジュースやファストフードなどの糖質・脂質たっぷりの高カロリーフード&ドリンクを中心に食う、飲む。ただ、本能のおもむくままに食う、飲む、食う、飲む。

お正月はほとんど外出せず寝転んでいるだけだから、確実かつ効率よく体重が増える。おかげさまで今年も4kgの増量。昨年までならそのまま放っておいたが、今年は1月から2月にかけて毎週のようにレース(マラソン大会)を予定している。それも今年一本目はあと二日後だ。せっかくの初レース、現時点で可能な限りのベストコンディションで望みたい。そこで、3日深夜に23km、4日に22km、計45kmのLSDを敢行して3kgの減量に成功!

と、調子にのった報いが右ひざの痛みになって現れた。ひざを故障したのは初めてではないが、今までは「走ると痛む」レベルだった。今回はゆっくりと歩くだけでもズキズキと痛む。2日連続で20km以上走ることは、まだ私には許されていなかったようだ。

7日に行われる「新春 春日井マラソン」は、地方都市開催としてはかなり多い約6千人もの選手が出場する人気大会だ。翌日が祝日で休みというのもまたいい。参加料だって払っている。楽しみにしていただけにどうしても出たい。だが、ここで無理すれば後に続く4本のレースを棒に振ってしまうことになりかねない。残念だが、このまま痛みがひかなければ出場回避かな。

さて、イングは今日(5日)から仕事始め。朝から年始の挨拶まわりに出かけ、昼は地ビールレストランにて社員そろっての新年昼食会。もちろんクルマを運転する人はアルコールは我慢です。私は自転車なのでビールを・・・というのは冗談。自転車も飲酒運転は違法です!では、また来週。  
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