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2006年08月30日

万博回顧6 〜幻の名所、大階段の謎〜

誰も訪れない豪華絢爛なホテルやテーマがよくわからないテーマパークなど、ムダな公共事業がニュースのネタになることは少なくない。愛知万博にもじつは“大いなるムダ”といえる建造物が存在した。それがこの巨大な階段。

kyodaikaidan.JPG

東ゲートとバスターミナルを結ぶルートのちょうど中間にあり、下から見上げるとその姿は壮観ですらあった。じつはこの大階段、開幕から閉幕まで、ついに1回も使われることがなかった。では、来場者はどのように通行していたかというと、左端のエスカレータ(屋根がある部分)とエレベータを使用していた。だから混雑日の帰宅時にはいつも、エスカレータ待ちの大行列ができていた。疲労と蒸し暑さでイライラした人が、「どうして階段使わせないの!」なんて警備員にくってかかっていたものだ。

もっとも、混雑時の事故防止のため一時的に使用を止めるなら話はわかるが、人がまばらな時間帯でも閉鎖したまま。ついには誰も足を踏み入れないまま閉幕を迎えたのである。関係部署からの指導か自己規制かはわからないが、なぜ“使えない”ことが設計段階で気づかなかったのか理解に苦しむ。これ、民間だったら担当者は何らかのペナルティを受けるだろう。どうせなら大階段にかける予算をエスカレータにつぎ込み、100機ぐらい横にならべて“エスカレータ版 白糸の滝”を造ってほしかった。きっと冷凍マンモス並みの話題をさらったに違いない。
 
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2006年08月29日

パイロットだって死にたくない。

空港で飛行機を見るのは好きだが、乗るのは嫌いだ。飛行機に乗らなければならいないと決まったその日から、何事にもビクビクソワソワしてしまう。飛行機のどこがいちばん嫌かというと、「緊急時に自分の力でどうすることもできない」感が強いからだ。たとえば船の場合。万一沈没しかけても、泳いで脱出する自分をイメージすることはできる。クルマや鉄道の事故でも、実際に可能かどうかは別として「自力で脱出」というイメージをとりあえずは描くことができる。

ここで重要なのは、頭の中で「助かるイメージができるか否か」だ。飛行機では(地上での事故以外)、どう考えても頭の中で助かるシミュレーションが描けない。その“精神的な閉塞感”が恐怖なのだと思う。とはいえ私の場合、水平飛行で揺れがないときはわりと平気なので「飛行機恐怖症」とまではいえないだろう。しかしいったんカタカタ揺れ出すとたえずCAの一挙一動を見逃すことができなくなる。「CAが笑っていれば大丈夫」という安易な考えからだ。

先日ANA機に乗ったとき、キャプテンから揺れが予想される内容の機内放送があった。普通なら「揺れましても飛行には影響ございません」ぐらいの表現なのだが、このときのキャプテンは「激しい揺れが起きましても、機体や飛行への影響はまったくございません」といった。ポイントは「激しい」と「まったく」というワードだ。単に「揺れましても」の場合、「強く揺れたらどうなんだろう・・・」という不安を残す。この点、「激しく」揺れても「まったく」大丈夫なんだから心強い。人によっては「激しく」という言葉だけに反応して恐怖を感じるかもしれない。しかし少なくとも私はこのキャプテンの一言でかなり精神的に落ち着いた。実際その後かなり強い揺れがあったのだが、いつもより怖さを感じなかった。

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以前、飛行機恐怖症を克服する本を書店で立ち読みしたことがある。そこには飛行の仕組みや航空機事故に遭う確率の低さなどが事細かに書かれていた。しかし飛行機が怖い人は、そんな理屈やデータを示されてもなんの特効薬にもならない。半ばあきらめの気持ちでその本を閉じようとしたとき、ある一文が目に飛び込んできた。

「パイロットだって死にたくない」

このひと言を見た瞬間、スッと肩の力が抜けたように感じた。そういえばパイロットも私と同じ人間だ。食事もすれば用も足す。家族だっているし、悩みや希望もあるだろう。無機質な金属のカタマリである飛行機に身を委ねるのではなく、同じ人間、つまり“自分と同じ恐怖を共有できる”生身のパイロットに命を預けるという考え方に切り替えてから、私の飛行機恐怖症はかなり薄らいだ。


しかしながら、航空機事故はなくならない。先日のウクライナに続き、今度はアメリカだ。飛行機の墜落事故のニュースを見聞きするたび、「人類が空を飛ぶのは、じつはまだかなり無理がある行為で、本来ならあと500年ぐらい先の技術を先送りして使っているだけなのかもしれない」と考えてしまう。鳥や昆虫たちは、自力で空も飛べない人類を「下等生物のくせにいばりやがって」なんて思ってるかもね。  
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2006年08月25日

ゴン太くんは断じて○○なんかじゃない!

先日、ガチャピンのブログについて話した。

そのとき思った。
「フジテレビがガチャピンなら、NHKはゴン太くんだろう」と。

そこでさっそく、ゴン太くんもブログを書いていないのか調べてみた。すると、ブログはやっていないものの、不定期で「ゴン太くんのひみつ」というコラム(NHKエンタープライズ内)を連載していることが分かった。さっそく読んでみたが、残念なことにゴン太くんの語りではなく、100%制作者目線の文章。考えてみればゴン太くんは「ウゴホ、ウゴホ」という言葉しかしゃべれないので、文章を書くのも苦手なのだろう。

まあ、それはいい。しかし・・・・許せないのはその内容。なんとゴン太くんがじつは着ぐるみであることを暴露してしまっているのだ!

ご丁寧にゴン太くんの中に人間が入っている「透視図」まで掲載してるし。これを子どもが見たら何と思うだろうか。大人の私だってショックだ。ゴン太くんはゴン太くんであり、断じて「命」の通っていない着ぐるみなんかではないのだ。着ぐるみだと認めることは、30数年育んできたゴン太くんとの思い出を放棄することに他ならない。もしもガチャピンブログで、「ぼくの中にはおじさんがはいってるんだよ。セリフは当てレコなんだ!」なんていってしまったらどうなるか。夢を汚された子どもや大人たちのクレームにより、ブログは大炎上することだろう。

着ぐるみであることを暴露したのが第三者のホームページやブログならまだいい。「そんなのうそだ」と思えば済むから。しかし本家本元のNHK(エンタープライズ)が「着ぐるみ」だと断言してしまうのはいかがなものか。“お約束”を破ってしまった罪は軽くない。

ちなみに「ゴン太くん」とは、今から40年ほど前にスタートした「できるかな」という子ども番組のメインキャラクター。パントマイマーのノッポさん(高見映)との絶妙なかけあいで、毎回、身近にあるものを利用して楽しい工作を披露してくれた。「ひらけ!ポンキッキ」と並び、私が大好きだった番組だ。

ゴン太くんの中に人が入っているイラストを見たときの脱力感は、一生忘れることはないだろう。
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2006年08月23日

万博回顧5 〜のりもの万博〜

さまざまな乗り物(会場内移動手段)も、愛・地球博を語る上で外せない。まず特徴的だったのが、長久手会場と瀬戸会場を結ぶ「モリゾー・ゴンドラ」。
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窓から見下ろす「海上(かいしょ)の森」は美しく、それだけでも下手なパビリオンよりよっぽど楽しめた。このモリゾー・ゴンドラ、ルート下に住宅街が含まれており、開幕前にはそのプライバシー対策で博覧会協会をかなり悩ませた。

そこで採用されたのが、住宅街上空にさしかかるとゴンドラの窓が一瞬で真っ白になるテクノロジー。今まで透明だったガラスが瞬間的に白くなるのでちょっと驚く。それに、宙ぶらりんの状態で外の様子が確認できない閉塞感は、少なからず心拍数を上昇させた。とはいえ無料だったので文句はいえないが。

ちなみに長久手会場内を南北に結んでいたのは「キッコロ・ゴンドラ」。こちらは有料(600円)だったので1回しか乗らなかったが、眼下に広がる万博会場はなかなかのものだった。二つの会場を結ぶ移動手段はもう一つあった。それが「燃料電池バス」。別名をFCHVバスといい、排出されるのはわずかに「水」だけというスグレモノ。私はモリゾー・ゴンドラの揺れがちょっと恐かったので、会場間を移動するときはもっぱらこのバスを利用していた。

長久手会場(メイン会場)内の移動手段でもっとも目立っていたのは、グローバル・ループ(メイン通路)上を走っていた「グローバル・トラム」だろう。
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大人の早歩きとほぼ同じのゆったりとした速度なので、せっかちな私は少しイライラした憶えがある。現在は三重県の「ナガシマスパーランド」という遊園地で、駐車場とエントランスを結ぶ送迎バスとして活躍している。

“平成の人力車”ともいえる「自転車タクシー」も、最盛期には行列ができるほどの人気だった。そのうちドイツの「ベロタクシー」は、今でも都市部や観光地などで走っている姿をたまに見かける。
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そして万博の輸送手段の主役が、新交通システム「IMTS」だ。
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その特徴は、大型バス(会場内の一部では鉄道扱い)3台が無線通信によって互いに隊列を組みながら、ドライバー無しの自動運転で走行するというもの。道にレールが敷かれているわけでもないのに、運転手なしで走る様子は奇異ですらあった。まさに世界のトヨタが誇る未来の交通システム!万博終了後は全国から問い合わせ殺到!・・・のはずだったのに、安全装置が過度に反応。途中で止まるなどのトラブルを頻繁に起こしてしまった。そのたびに有人運転に切り替えていたが、「これじゃただのバスじゃん」という失笑が車内に広がったのはいうまでもない。

下はIMTSを運転するモリゾー。
ちなみにキッコロは子どもなので運転できない。
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2006年08月22日

実験! ふらの日帰り観光は可能か!?

名古屋から北海道の富良野まで日帰りで行けるか。
行けたとして、どれだけ楽しめるか実験してみた。

まずは有志二人と中部新国際空港で合流。ハードな実験となりそうだけに、皆の顔には早くも疲労と緊張の色が浮かんでいる。

荷物検査を終え、新千歳行きの始発便(7:30発)に搭乗。快適なフライトを実感するヒマもなく、約90分でアッという間に北の大地へ。間髪入れず「快速エアポート」に乗り込み札幌に向かう。約40分。駅に着くやいなや猛ダッシュでバス乗り場へ駆け込む。幸い迷うことなく、富良野行き高速バスに滑り込みセーフ。

乗り物の乗車スケジュールはすべて日帰りで帰れるギリギリを設定。富良野滞在時間も1時間30分が限界だ。一つでも乗り損ねたら、それはすなわち実験の失敗を意味する。

札幌〜富良野間は2時間ちょっとのバスの旅。ジュースぐらい買っておけばよかったと後悔する。車窓からの景色にしばし旅情を味わうものの、座席の硬さ、窮屈さに耐えかね、何度も体の向きを変える。

富良野に到着したときはすでに昼をかなりまわっていた。
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駅前には観光客の姿がチラホラ。ドラマ「北の国から」の舞台となった麓郷エリアはここからさらに1時間ほどかかるという。往復だけでも2時間。無理だ。

富良野駅前には商店街が広がっているが、閑散としていた。300メートルほど歩くと「三日月食堂」なる飲食店を発見。
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空腹だったこともあり、さっそく入ってみた。すると、壁のあちこちに「北の国から」の出演者達のサイン色紙が飾られていた。どうやらこの食堂は、ドラマにも登場した“由緒正しい”店らしい。「みそラーメン」を食べたが、あっさりした味付けでおいしかった。

「三日月食堂」を出たあとは、いよいよ観光タイムだ!といっても富良野観光のメイン、「麓郷」エリアまで足を伸ばすことは不可能。誰も歩いていない商店街をひたすらさまようのみ。そうこうしているうちに、帰りの電車の時間が迫ってきた。富良野(駅前)観光、終了。

名残惜しいという感情すら浮かばないまま、JR北海道の「富良野ラベンダーエクスプレス」へ乗り込む。
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往きの高速バスと同じく2時間ほどで札幌へ。札幌到着後、全力疾走に近いダッシュで「快速エアポート」に駆け込み乗車。再び新千歳空港に到着したのは19時20分ぐらい。ちなみに帰りの飛行機の離陸時刻は19時40分(最終便)だ。おみやげなんて物色している余裕はない。トイレに行ってるヒマもない。

帰りも往きと同じく約90分のフライトだ。慌ただしい一日を思い返しながら、しばしの眠りにつく・・・と、いう間もなく、中部新国際空港に帰還。22時。3人は重苦しい疲労だけを抱え、それぞれの家路についた。

結論。
名古屋〜富良野は日帰り可能。
しかしそのほとんどは乗り物の中で過ごすこととなり、観光は不可能。
以上。

 
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2006年08月18日

“自転車多国”日本の矛盾。

自転車はどこを走らなければいけないか。

答えは、車道。正確には車道の左端だ。
これはしっかりと道交法に明記されている。
「え、歩道じゃないの?」と思われる方がいるかもしれない。
現実は歩道を走っている自転車が大半だから。
自転車はあくまでも「許可された歩道(車道側)のみ」通行を許される。
だから人がやっとすれ違えるような狭い歩道を、
我が物顔で疾走する自転車のほとんどは“違法”だ。
歩道はあくまでも歩行者のための道であり、
自転車はその歩行を妨げてはならないし、
ベルを鳴らして歩行者をどかせる権利もない。

逆にいえば、自転車は車道の左端を走行できる権利を持っている。

しかしながら、このことを知っている
クルマのドライバーはほとんどいない。
「あの自転車、車道走ってジャマだな」という感覚。
かくいう私がそうだったんだから間違いない。
「自転車は車道(の左端)を走るもの」という認識自体が無いに等しいのだ。

これは日本の自転車文化が「ママチャリ(軽快車)」中心なためだと、
あの疋田智さんも著作で語っていたように思う。
つまり、「ママチャリ=遅い=車道をチンタラ走ると危ない」という図式。
車道を颯爽と走っているのは大半が
スポーツ自転車(とりわけロードバイク)だろう。
運動不足の私が乗っているMTBでさえ、
こぎ出してすぐ20km/hぐらいに達する。
ちょっと見通しのいい道路なら、30〜40km/hは軽い。
しかしママチャリの場合、こぎ出しからスピードに乗るまで時間がかかるし、
20km/h以上で巡行しようと思ったらかなりの体力を消耗する。

現実問題、すべての自転車が車道を走り出したら
かなり危険な状態になるだろう。
しかしながら、歩道上を歩行者と自転車が
入り乱れて走るのもまた危険なことは間違いない。

数だけ世界第3位の“自転車大国”日本。
警官が、自転車に乗っている小学生に
「危ないから歩道を走りなさい」という矛盾が解消されるまでには、
まだまだ長い年月がかかりそうだ。


<参考>疋田智氏メルマガ258号  
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2006年08月16日

万博回顧4 〜ルーマニア館〜

ルーマニア館はお気に入り外国館のひとつだった。
入館は完全入れ替え制で、1回ごとに楽器演奏やらダンスやら、
数種類のプログラムをかわるがわる披露していた。
行くたびに上演内容が違うので、何度入っても新鮮味があった。
なかでも見応えがあったのが、
民族衣装に身をまとった男性4人による民族舞踏。
ツエのような棒を振りながら、
ナマ演奏に乗ってリズミカルなダンスを見せてくれた。
しかも観客のアンコールに気軽に応えてくれるところも好感が持てた。

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上の写真を撮ったときは観客が妙に盛り上がり、
なんと3回もアンコールを要求。もちろん3回ともしっかり応えてくれた。
しかしこれ、待っている人にとってはちょっと迷惑だったりする。

ルーマニア館は、同じぐらいの待ち列でも
1時間以上待たされることもあれば、20分ぐらいで入れるときもあった。
おそらく演者がアンコールに応えてしまうため、
いちおう決められている上演時間をオーバーしてしまうのだろう。
だから待っている人の中には怒り出す人もいた。
「上演時間20分って書いてあるのにまだ入れないのか!」と。
そのたびに、おそらくルーマニア人の女性スタッフが
日本式にペコペコと頭を下げていたのを思い出す。

冒頭で「完全入れ替え制」と書いたが、
じつは客席に居残って次のショーを鑑賞してもOKだった。
私は閉幕間際に3ステージを連続で楽しんだ。もちろんそれぞれ違う演目だ。

あのダンスはもう一度ぜひ見てみたい。
シンガポール館の記事でも書いたが、
やはり展示や映像だけでは伝えきれないものがある。
ルーマニア館は小さなパビリオンだった。
それが逆に、ステージ上の演者と観客の“距離”を縮め、
アットホームな雰囲気を醸し出していた。

 
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2006年08月09日

万博回顧3 〜冷凍マンモス〜

居酒屋で誰もが「とりあえずビール」と言ってしまうように、
万博では誰もが「とりあえずマンモス」を見ることになる。
というぐらい、いつのまにか愛知万博の
シンボル的存在になっていた「冷凍マンモス」。
大阪万博でいうところの「月の石」か。

しかし、「とりあえず見ておく」には、
そのハードルはかなり高かった。
とくに開幕当初は整理券の配り方にも問題があり、
人気企業館を上回るダントツの待ち時間だった。
それでもみんな、とにかく見ておかなきゃと、
何かに取り憑かれたかのように、長蛇の列へと加わるのだった。
その後、整理券の配り方や入場方法のカイゼンにより、
待ち時間は大幅に緩和された。

この冷凍マンモス、万博が終わって
ロシアのサハ共和国に帰ったのはいいが、すぐにフジテレビが
イベントの目玉として展示するため日本に呼び寄せた。
さらに今年の春から初夏にかけて、
愛知県豊橋市の動物園にも展示された。
で、やっと故郷に帰ったかというとまだまだ帰しませんよ!
現在はまた東京・お台場に戻り、
日本科学未来館」というところに出演中。
酷暑の夏に日本中を引き回され、腐らないか心配だ。

愛知万博の「主役」「象徴」といってもいい冷凍マンモスが、
落ち目の外タレみたいにこうも軽々しく行ったり来たりしていいのか。
たとえばイタリア館では「踊るサテュロス」という
国宝級のブロンズ像を展示していた。
愛知万博への出展が最初で最後の国外展示だったそうだ。
“最初で最後”、つまり「もう二度と見られないんだ」と
感慨にふけりながら見るから感動も倍加されるのだ。

もしも冷凍マンモスが、万博閉幕から1年も経っていないのに
こうも日本へ来まくることがわかっていたら、
あそこまで行列ができただろうか。あそこまで感動できただろうか。

たしかに冷凍マンモスは興味深かった。
何千年も前の姿そのまんまで残っているのだ。もちろん本物だ。
小さな女の子が冷凍マンモスを見て、
「肉ぅ〜〜〜〜!肉だよ肉ぅ〜〜」と叫んでいたのを思い出す。
そう。骨格標本ではなく、肉や毛がしっかり残っている
“そのまんまの姿”であることに価値があるのだ。

だからこそ、なんだか冷凍マンモスがどんどん大衆化していくようで寂しい。
それはたとえば、往年のアイドルが
スーパーのイベントに現れたときに感じる侘びしさにも似ている。

今はただ、冷凍マンモスより「出ずっぱり」のモリゾーとキッコロが、
世間から飽きられないことを願うばかりだ。


大人気、いや、中人気ぐらいだったマンモスキャラの「マモタン
(作者は女優の坂井真紀)↓
mamotan.JPG


熱に浮かれて衝動買いしてしまった
マンモスの骨と証明書、3,000円。↓
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2006年08月07日

最高・最速・最大の○○○!

先回、健康食品の広告のNGワードについて話したが、
他にも広告表現上“使わない”単語が少なからずある。

たとえば「最高」「最速」「最大」などの言葉。
「どの部分がどのように最高なのか」、
根拠が示されない限り使わないのが普通。
業界あるいは企業は、こうした「断定」や「言い切り」表現を好まない。
意外なところでは「抜群」「優秀」「厳選」という言葉も、
場合によっては自主規制の対象だ。

もちろん確固たる根拠、データを示すことができれば、
「最高」「最速」「最大」、それに「日本一」でも「世界一」でもOKだ。
いまいち根拠がはっきりしない場合は、
「最大級」とか「トップクラス」という表現でお茶をにごすことも。
実際にはこちら(「最大」ではなく「最大級」)の表現を好む企業が多い。
つまり「best」ではなく「one of the best」の考え方だ。

電化製品など、どの部分が「best」なのか
具体的に示しやすい商品ならまだしも、
たとえばホテルの広告に「最高のサービス」とあっても
何が最高なのか曖昧だ。
サービスの良し悪しは個人の価値観に大きく左右されるので、
どれだけホテル側に自信があるとしても、
広告制作者として断定表現はすすめない。
この場合、少なくともホテル側は最高のサービスと自負しているわけだから、
何が「最高」だと思うのかねばり強く聞き出してあげることが大切だ。

話は変わりますが、
やはりよね姫は死んじゃいましたね。
それもかなりストレートな「圧死」演出・・・。
NHK恐るべし・・・・  
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2006年08月04日

「浄化計画」はアウト?セーフ?

某大手飲料メーカーから鳴り物入りで発売された
「からだ巡茶(めぐりちゃ)」の広告フレーズが、
薬事法に抵触する恐れがあるとの判断で自治体から指摘を受けたようだ。
8月3日付 朝日新聞

問題となったのは、キャッチフレーズ中の「浄化計画」という部分。
あたかも体の老廃物除去などの効能があるように誤解を与え、
消費者が医薬品と間違えて購入するおそれがあるためだとか。
現在はコピーが「気分浄々」に変更されている。
それでも自治体は「浄」の字が入っていることで
完全に納得していないらしい。

健康食品(またはそれに近い商品)の広告コピーは難しい。

たとえば、「効く」とか「治る」などの表現はもってのほか。
「1日何錠」とか、医薬品の服用を連想させる表現もダメ。
そこでコピーライターは、なんとかアタマを振り絞って
健康食品の“効能”を表現しようとする。
「浄化計画。」も、そうした努力の結果、考えついたフレーズなのだろう。
まあ、「浄化」というのはよくよく見るとかなりストレートな表現なので
自治体が噛みつくのも分からないではないが、
「気分浄々。」なら許してあげてもいいような・・・。

ちなみに、
●「使用者の声」として効能を掲載する方法。
●「医学博士のコメント」など第三者的な立場で効能を掲載する方法。
●Webサイト上で、効能を解説する第三者的なサイトへリンクを張る方法。
これらはいずれもNGとされている。

とはいえ実際にはグレーゾーンの表現がほとんであるため、
「この表現はいいかな、ダメかな」と迷いながら、
結局は「ま、いいか」と出稿してしまっている場合が多い。
以前、ある健康食品のWebサイト制作を受注した。
このときは、ある程度デザインやコピーが完成した時点で
管轄自治体のしかるべき部署にお伺いをたてに行った。
すると、これはダメ、これはセーフとか“添削”してくれたものだ。
(回答が出るまで恐ろしく日数がかかったが)

実際には、露骨なNG表現や誰かさんの告げ口がない限り、
自治体もいちいち指導しないし、
すべての広告物をチェックするヒマもないだろう。

ちなみに私は「からだ巡茶」より「爽健美茶」の方が好きだ。
スルドイ読者の中には、「爽健美茶の“健”や“美”はいいのか?」
と思われる方もいるだろう。
経験上、「健康」「元気」「美容」という単語はセーフだと認識している。
自治体にお伺いをたてたときもこれらの単語は削除対象にならなかった。

もちろん、難しいからといって健康食品の仕事を敬遠しているわけではない。
仕事があれば喜んで引き受けますよ、念のため。  
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2006年08月03日

万博回顧2〜スリランカのカレー&岩塩ソフト〜

食事も万博の大きな楽しみの一つだ。

愛知万博には全期間入場券を使って計20回以上足を運んだが、
もっともよく食べたのがスリランカ館のカレー。
味のとりこになったとか、特別おいしかったから、
というわけではない。
単純に、あまり並ばなくて済んだからだ。

スリランカ館ではパビリオン内のレストランの他に、
独立してカレーショップを営業していた。
そこがかなりの席数を持っていたので、
一見、長蛇の列に見えても、すぐに順番がまわってきたのだった。
入口で自分でトレーを取り、料理人に直接メニューを指定して
レジまで運び、精算するという完全セルフ方式・・・
と思いきや、なぜか精算終了後に
目がくりくりっとしたサリー姿のスリランカ美人が現れて、
おもむろに客からトレーを奪いテーブルまで運んでくれる。
その、「トレーをテーブルまで運んでくれる
目がくりくりっとしたスリランカ美人」の数がやたら多く、
レジ前に一列に並んで客が精算し終わるのを待ちかまえていた。
あまり意味のないサービスかとも感じたが、
それはそれで海外旅行気分が味わえてよかったと思っている。
あ、決して目がくりくりっとした
スリランカ美人目当てで通ったわけではない。

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デザートでは、モンゴル館で売っていた「岩塩ソフト」がおいしかった。
塩味のソフトクリームと聞いただけで
いわゆる“ゲテもの”系と勝手に判断していたが、
ふとしたきっかけで食べてみると、これがなかなかのもの。
イメージとしてはミント系に近い。
ほんのりと塩の風味が口腔に広がる感覚がじつに心地よかった。
万博終了後も「岩塩ソフト」を探し歩いているが、不思議と見つからない。
インターネットで検索してみるとかなりの数がヒット!
しかし、どれもこれも
「万博で食べた岩塩ソフトがおいしかった」という思い出話ばかり。
もう一度あの味を体験してみたい。  
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2006年08月01日

〈期間限定〉万博回顧1〜シンガポール館〜

愛・地球博が閉幕してから、あと2ヵ月で1周年を迎える。
そこで、期間限定で万博の思い出を写真とともに振り返りたい。
まずは「シンガポール館」。
ここは私が初めて“万博らしさ”を感じたパビリオンだ。

開幕当初、入場者数は4万人〜5万人台で推移しており、
「日本館」や「大地の塔」をはじめ、
企業館ですらスタッフが呼び込みを行っていたほど
“見たい放題”の状態だった。
外国館にいたっては閑散とした雰囲気すら漂っていた。

私の初万博は開幕二日目の土曜日。
雪が降るほど寒かったのを憶えている。
まずは実際に渡航経験がある国のパビリオンを見ようと、
東南アジアの国々が集うエリアへ。
独特の香料の匂いがあたり一面に満ちている。

ベトナム、ラオス、マレーシア、タイと立て続けに見て歩く。
小旅行気分は味わえたが、どこも「展示」が中心で今ひとつという印象。
最後に入ったのがシンガポール館だった。
「ここもかわり映えしないかな」と思いかけたその時、
突然、華やかな音楽とともに色とりどりの衣裳を身につけた
ダンサーたちが現れ、階段状のステージで踊り始めた。
見ている人は私を含めて10人ぐらい。
それでも一所懸命、しかも心から楽しそうに踊る姿は爽やかだった。
このとき、「これが万国博覧会か」と思ったものだ。

やはり国の個性やパワーは、
モノの展示や映像だけでは伝わらないと感じた。

その後、愛知万博の入場者数は急上昇。
春も終わる頃からシンガポール館のショーは大人気となり、
とても開幕当初のように、気軽に見ることはできなくなった。

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